有り得ないはずの想い
龍のコトダマ
登場人物
ヴィオレッタ
人間というものはどうも奇妙で奇怪な生き物だということをご存知だろうか。
他の動物と同じように、人間にも子孫を残すための本能が様々に備わっている。だが脳が、心が発達したせいか、人間は同族以外のものにまで恋愛感情を抱くことがある。
この世界に、人間と龍神が結ばれた記録はない。この二種族はもっとも親密な存在なのに、人間は異種族すら愛してしまう生き物なのに、なぜなのか。
答えはない。誰も知らないからだ。研究者たちが導き出した推測に過ぎない仮の答えは、種の繁栄のため。人間という種が滅びないように、何か魔法のようなもので、人間と龍神が惹かれあわないようになっているのではないかと。この結論におかしな点は見当たらないし、そうだと考えればすべて辻褄があう。だからこそ、現代の多くの人々はこの説を支持している。
「私は、綴のことが好きだ」
天頂にまで昇った太陽に向かって、ぽつりと呟く。
龍神は生殖機能を持たず、何かを恋愛的に好きになることはない。人間がそう答えを出す前に、私の中でもなんとなくそんな考えはあった。だからこそ今のこの気持ちが、想いが、一体なんなのかが分からない。彼といると安心するし、声を聞けば嬉しくなる。優しいところも、必要なときはちゃんと怒ってくれるところも、全部全部愛しくてたまらないのだ。彼とならきっと、次元の闇に行ったって怖くない。彼は私のすべてを受け入れてくれたから。
もちろん私も、人間を好きになったことは今まで一度もない。過去に特別仲が良かった依代とも、親友以上にはならなかった。綴に対して抱いている想いと同じほどの感情を抱えてはいたが、今のように心が締め付けられるような感覚はなかったのだ。
「これは恋ではないのか。それとも、私はもう龍神ではないのか」
雲に、空に、母に問いかけるように呟く。どうすれば答えを知ることができるのだろう。自分自身に振り回されながら、また今日も答えの出ない自問を続けている。