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愛隔つ
黒色の喰

登場人物

ムスビ

 あなたを愛していました。心の底から、嘘偽りなく。

 ……どうして今更気付く。時間は腐るほどあったのに、彼女と話す機会も呆れるほどあったのに。彼女は、カサネは、あんなにしっかりと愛を伝えてくれたのに。民に向ける慈愛の笑顔とは違う、愛人に、本当に愛している人にだけ向ける笑顔を幾度も見せてくれたのに。
 信じて愛を向けてくれた彼女に私は何を返した。心からの愛など伝えたことはない。最初から最後までずっと、彼女のことを哀れな手駒としか捉えていなかったから。それは私の力を高める道具であり、膨大な魔力の貯蔵庫でしかなかった。愛人になるのは何もかもを円滑に進めるための手段に過ぎなかったのだ。
「哀れなのは私の方じゃないか」
たった数週間前のことだ。彼女が私の企みに気付きつつあるのを察し、この手でその命を奪った。外部の者の犯行に見せかけ証拠も隠滅し、安らぎの鐘からの追求にもすべて堂々と答えてシロだと思い込ませた。今は彼女との間にもうけた唯一の子であるネムと魔力源を繋いでおり、前々から発言力はあったため権力も私に傾いたまま。何も狂っていない、何も問題はない。……感情という一点を無視すれば。

 気付いてしまったのは昨日の夜。何の気なしに開いた引き出しに、ネムが産まれた時に撮った三人の写真が入っていた。捨てようと取り出して眺めたとき、直感的に理解したのだ。心臓が大きな音を立て、息は上手く吸えず、目頭がじわりと熱くなる。刺すような胸の痛みに耐えかねてその場にかがみこんだとき、その感情の結晶は手に持ったままの写真を濡らした。
 そのまま何をどうすることもできずに泣いた。彼女の名を呼び、謝罪と後悔の念を呟きながら。

 私自身がこの手で、目の前で屠ったのだから、願い望んだところで彼女に会うことはもうできない。声を聞くことも、あの笑顔を見ることも。蘇生の術など存在しない、現実を嫌でも受け止めるしかない。
「愚かだ、本当に……」
数十年ぶりの自己嫌悪は、心の奥底に払うことのできない闇を作り出した。

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