優しさ故に
高次元資料館
登場人物
ジレイディ、フルトリ
今まで、学芸員が命を落とすところを何度も何度も見てきた。治療が間に合わなかったり、既に手遅れだったりと状況は様々。彼らの「まだ生きたい」という思いを何度もぶつけられてきたのに、私はほとんど力になってあげられなかった。
「……館長。また、学芸員が光と消えました」
資料館のどことも言えない一室で、幻想を閉じ込めたような闇の中、こちらを見ない彼女に向かって、そう告げる。
「その子はどんな子だった?」
「心優しい子でした。行く先々で、自分の身を顧みずに、困っているものたちに手を差し伸べていました」
彼女は毎回、亡くなった学芸員がどんな子だったのかを尋ねてくる。その子のことを思い出しながら説明するたび、彼女は学芸員のことをどう捉えているのだろうと、悲しみにも似た感情が渦を巻く。
私が話すのをやめると、暗い沈黙が落ちる。そのまま次の言葉を待っていると、館長はゆっくりとこちらを向いた。表情は暗くてほとんど見えない。
「あなたは、その子が死んだとき、どう思った?」
初めての質問だった。業務的なこと以外については、今まで一度も聞かれたことがなかったのに。
「……私はなんて無力なんだろうと。まだ生きたいと願う学芸員を助けてあげられず、ただ見送ってあげることしかできない。悔しい思いばかりです」
館長やエリザのように治癒能力を持たない私は、応急処置を施し、急いで資料館に連れ戻すことしかできない。もちろん、資料館に戻るにも、連絡を取ってから帰還ポイントを作ってもらい、そこに行くことでしか戻れない。館長補佐なんて役職を持っているのに、私を生み出した者は館長と変わらないのに、私は学芸員の皆と同等の、もしくはそれ以下の力しか持たないのだ。
「館長、あなたなら私に力を与えられるのではありませんか。学芸員を治癒する力だけでいい、私にも慈悲を、ください……」
再び部屋に沈黙が落ちる。彼女からすればやはり、学芸員というものは取るに足らない存在なのだろうか。
少しの時間空白があってから、どこか冷たいような、それでいて優しさも含んでいるような、不思議な声が響いた。
「わたしは、様々な時空を見てきた」
コツコツと歩く音がする。黒い影は、どうやらこちらにゆっくりと近づいてきているようだった。
「どの世界にも平等に存在するのが生と死であり、死を遅らせることはできれど、避けることはできない。すべての生物が平等に死を遅らせる術を持っているわけでもない」
やがて、この薄闇の中でも彼女の表情が見えるようになった。微笑んでいるような顔なのに、私には、それが悲しみを映したものにしか見えなかった。
「生死のサイクルが正常に回らなくなったとき、何が起こると思う? 衰退だ。生物は進化しなくなり、やがてすべてが停滞し、最後に待つのは絶望だけ」
「……では、死にゆく学芸員のことは、今まで通り見送るだけにしろ、と?」
「死の無い生物はもはや生物ではないとわたしは思う。死を見届けるのはつらいかもしれないが、あなたがわたしを支えるために生まれてきたように、彼らは生きて死ぬことが宿命なんだ」
分からない。私は別に、死を完璧に消したいわけではないのだ。ただ、目の前で苦しむ学芸員たちを救う力が欲しいだけ。そんな力は与えるつもりはないからと、話を少しずつずらしているのだろうか。
「あなたは優しすぎるから地位に見合った力がないんだ。時間はたくさんある、悩むといい。どこかの枝で、あなたが理解できるときが来るのを待っているよ」
まだ聞きたいことはたくさんあるのに、別れの言葉も言わぬまま、彼女は消えてしまった。
優しすぎるだなんて初めて言われた。優しいことはいいことではないのだろうか。彼女の言葉は理解できなかったが、もし、それらをすべて理解できるときがきたならば、私も何かを得られるのだろうか。