亡失の
MissingMemory
登場人物
***
私は***。この世界を作り、見守っている神だ。人には発音できない名だから、この文字に起こせないのは許してほしい。
私は人が好きだ。気付いたら生まれていた不思議な生物で、これがなかなか面白い存在なのだ。彼らはこの世界のどの生物よりも賢く、食って食われるだけではない、弱者すら救うような文明を築きあげた。私でも思いつかなかった食べ物や技術、娯楽などを無限に生み出していく。上から見ているだけなのがもったいなく思えてきて、ある日、地に降り立って人と交流を始めた。
彼らは本当にすごい。退屈な日など存在しないくらい、毎日のように私を楽しませてくれる。手だけで遊べる娯楽や何百もの料理、そして無限大の物語。空にいれば永遠に手に入らなかったであろうことやものを、たった数十年で驚くほど知ることができた。
だが、人は良いものばかりではなかった。私の正体を神だと知った悪いものが、私利私欲のために私を捕まえようと、次から次へと押し寄せてきたのだ。人との交流をやめたくなかった私は、できるだけ穏便に解決しようとしたが、そんな簡単にはいかなかった。人の技術は想像をはるかに超えていて、私は力を分割して持っていかれた。
それはもう頭に来たが、力は持っていかれてほとんど残っていないし、この世界も人も壊してしまうには惜しい。仕方なく力を地道に取り戻していたが、探すのも大変で、見つけても手中にするのはさらに大変だった。
終わりの見えない道で途方に暮れていたとき、閑散とした路地にたたずむ人を見つけた。金色の綺麗な長い髪を後ろでひとつに括り、フォーマルな服を着た男だ。声をかけようとしたが、こんな場所に一人でいるのは怪しい。姿を隠し、彼の持つ携帯電話に接続してみる。
「初めまして! そこで何をしてるんだい?」
「……だれ、だ?」
「おっと、死にたくないならそっちから名乗って」
彼は警戒しているというより、困惑というか怯えているというか、どこか様子がおかしいように見える。もしかして、ただの困っている人だろうか?
「なまえ……なんだ、俺は……?」
やはり普通の状態ではないようだ。何があったのかを聞いてみた方がいいかな。
「混乱してるみたいだね、何かあったの?」
「……わからない、何も……」
情報を自発的に出してもらうのは無理そうだと判断し、質問を投げかける方向にチェンジする。様々なことを細かく聞こうとしたが、彼について分かったのは、自分自身が何者なのかすら分からないということと、気が付いたらここにいて、それより前のことは何も思い出せないということだった。記憶を失っている、のだろうか。なんだかかわいそうだな、私の力が元通りになっていれば、失くした記憶をすべて思い出させてあげられるのに。
……まてよ、これは使えるんじゃないか。協力してくれるよう取引をもちかけて承諾してくれれば、失った力を探すのがきっと今より楽になる。
「ねぇきみ、失った記憶を取り戻したくはない?」
「そんなこと、できるのか?」
「できるよ。私に協力してくれるならね」
彼が手伝ってくれるなら、単純に力を探して取り戻すスピードが倍になる。戻った力で彼の記憶を思い出させてあげれば、私も彼も幸せになれるはずだ。我ながらいいことを思いついた。
「……今は、なんでもいいから身を寄せる場所が欲しい。分かった。俺でいいなら協力しよう」
「よし、交渉成立だね!」
ごく普通の住宅街にある空き家を借りて、そこを拠点とすることにした。人が家を手に入れるときの手順なんかは全部すっ飛ばしているが、その辺はまぁなんとかなるだろう。彼の前に出て顔をあわせて話をしたいところだが、私が神であることがバレて、また悪いものに目をつけられてはたまらない。警戒されるかもしれないが、しばらくは携帯電話越しに話すことにしよう。
「じゃあえーっと……名前がないと不便だね、思い出すまで仮で付けようか」
男だしかっこいい名前がいいだろうか。きれいな金髪だから***とか、あぁいや、金を星に見立てて***がいいかなぁ。いろいろ提案してみたが、彼は首を傾げるばかりだった。
「その……なんと言っているんだ? 名前の部分だけうまく聞き取れない」
「わぁほんとだごめん! 人の言葉だと何になるのかな」
つい自分の慣れ親しんだ言葉で考えてしまった。人の言葉に変換するとなると、意味が同じ言葉がないこともあって難しい。唸りながら考えていたとき、家の上を黒い鳥が悠々と飛んでいった。あんなふうに人も飛べたら移動や探索が楽になるんだろうなぁ。
「そうだ! 自由でかっこいい鳥の名前をもらって、レイヴンにしよう。我ながらいいセンスなんじゃない?」
「レイヴン、か。悪くないと思う」
「よーし決まりだね。せっかくだから、あの鳥みたいに飛べるようにしてあげる」
その名に相応しい、空を翔ける黒い翼と、あと情報収集がしやすそうだからあの鳥と会話できるようにもしておこう。こうして先に何かを与えておけば、簡単に協力関係を断たれることもなくなるはずだ。
「お前の名前も教えてくれないか」
「あ、うーんと……"主人"って呼んでくれたらいいよ」
これで協力者ができた。これだけでも目標達成に近付いたはずだ。希望が見えてきたぞ、ハッピーエンドを目指して二人で頑張っていこう!