それぞれの欠片
その他
登場人物
イロツル、フルトリ、ジレイディ
ワタシが意志を持ったのは、時間の概念なんて知らない頃でした。気付けば周りの景色を認識することができて、音が聞こえて、体も動かせて、そんな至れり尽くせりの状態でした。
ワタシが最初に見たのは、吸い込まれて閉じ込められてしまいそうなほどの、真っ黒な瞳でした。その目には何かの感情が宿っている……ワタシにはそこまでしか分かりませんでした。よく見てみれば、目の前のそれにもワタシと同じように、体があって、手足があって、言葉を発することもできるようでした。
「おはよう。小鳥ちゃん」
その時は、その言葉の意味を理解することはできませんでしたが、今なら自分なりの解釈をつけることができます。きっと、親が子どもにかける言葉なのだと、ワタシはそう思っています。
ワタシはその母からとある場所に預けられ、そこでたくさんのことを学ぶように言われました。親切な方が、ここは「高次元資料館」と呼ばれる場所だと教えてくれて、陽気な方が「様々な世界の文明を記録する場所」だと教えてくれました。
ワタシはあの日からずっと、母に会えていません。いろいろな体験をして、知識もたくさんついた今、聞きたいことがたくさんあるというのに。それでも、いつかまた会いに来てくれると信じています。根拠はありません……でも、心のどこかでつながっているような気がするから。
***
彼女はわたしの希望だったのかもしれない。
一見酷く自由なようにみえるわたしの使命は、あらゆる美しいものを見ることができながらも、わたし自身は一切その中に入ることのできないという、あまりにも残酷なものだった。数えきれないほどの可能性の世界を見守り、ときには干渉することもある。様々な世界の住民と触れ合うこともできるが、わたしが彼らのことをいくら知っていようと、彼らはわたしのことをいつも知らない。
本当にわたしは存在しているのだろうか。考えるほどにわたしというものが希薄になっていく気がして恐ろしくなる。何のために生み出されたのか。なぜ何も教えてくれないのか。答えを主からもらうことはできない。
クローンを生み出したのは、わたしが存在するための理由が欲しかったからだと思う。わたしがいなければ、彼女が誕生することはなかった。つまり、彼女が存在しているという事実そのものが、わたしの存在意義になる。ねじれた構造ではあるが、こうでもしないと、安心など夢のまた夢なのだ。
彼女が人並みの知識と感情を手に入れ、わたしを知り、教えてくれる救世主になってくれれば。と、そう願っている。
***
私に課せられた使命は、館長を支えること。同じ位に立つ彼女とは、託されたものがまるで違う。それでも、彼女の補佐として、思いつく限りのことをしてきた。
なぜこんなにも違うのだろう……。彼女は星の数ほどある世界を、今あるものに限らず、可能性の世界とまで呼ばれるものを観測することができる。しかし、私はこの資料館の学芸員と同様、転送装置を使わなければ資料館を出ることも叶わないし、生命の創造もできない。学芸員の怪我を治すことすらもできないのだ。
私を生み出した者たちに声を届けることはできない。話すことはできれど、それが受け入れられることなど、万が一にもあれば奇跡だといえるほどだ。確かに、この資料館は私のためではなくて、彼女のために創造されたものだ。私は補佐でしかない。しかし、学芸員たちへの愛は、きっと彼女にだって劣らないはずなのだ。せめて、せめて怪我を治す力だけでもいい。もっと様々な知識をくれるでもいい。私にももっと、何かをくれないだろうか……