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おやすみ、大切なきみ
黒色の喰

登場人物

ネム(青年期)、ムスビ

 違和感は年々増していっていた。魔力が何かに吸い取られる感じがしていて、その量はまちまちではあるものの、一気に多く持っていかれた時には急激な眠気に襲われた。幼いころにすぐ眠ってしまっていたのも、きっとこのせいなのだろう。
 いくら眠っていても許された子ども時代とは違い、王として公務を行うようになった今、これは放っておくには大きすぎる問題だ。仕事の合間に原因を探っていたのだが、たどり着いた先は思いもよらないものだった。
 深呼吸をしてから、扉をノックして開く。こちらの姿を確認するなり、部屋の主は立ち上がって会釈をしてきた。顔にはいつもの笑みが浮かべられている。
「何か御用でしょうか、ネム様。お申し付け頂ければこちらから伺いましたのに」
特殊対策局局長、ムスビ。国の平和を守るために尽力してくれている安らぎの鐘の者たちを疑いたくはなかったが、彼を疑ってみれば、あらゆる不可解な現象に説明がつくのだ。私は、彼にシロだと言ってほしい一心で、この場所へ足を運んだ。
「ひとつ聞きたいことがあるんだ。……嘘をつかず、真実を話してくれると、誓ってくれるかな」
「私の知る範囲のことでしたら、もちろん」
そう言った彼の瞳からは、真意を読み取ることはできなかった。信じるしかないだろう。それが、今の私にできる最大限の信頼だ。
 私は彼にすべてを話した。自身の魔力の異常と、調べるほど彼に疑いの矢が刺さってしまうこと。そして、全部デタラメだと一蹴してほしいこと……。彼は私の話をすべて聞き終わってから、目を閉じ、深呼吸をした。ゆっくりと目を開くと、少し目を伏せ、言葉を選ぶような速度で口を開いた。
「あなたの推理は正しい。そう、あなたの魔力を借り、自分のもののように使っているのは、紛れもなく私です」
嘘だと言ってほしかった。が、もしかすると何か事情があるのかもしれない。さらに探りをいれようとしたところで、彼の方から口を開いた。
「そろそろすべてが明るみに出るころだとは思っていました。お話ししましょう、残酷で許しがたい真実を」
彼は、今から話すことはすべて真実であり、嘘はひとつもないと前置きしてから、ゆっくりと話し始めた。
 聞いている間は、ずっと夢の中にいるようだった。夢の中なら、こんな突拍子もないことも、信じがたいことも、当たり前のように起きて当然だから。私が前女王のカサネと彼、ムスビの間の子であることは別に問題はないだろう。むしろ、親がまだ生きているのだと分かったのは心から嬉しい。しかし、父であるムスビが母を殺したこと、そして、私のことも魔力の貯蔵庫程度にしか捉えていなかったことは、胸をこれでもかと刺した。
「今は愛しているのかと問われれば、分かりません。私はもう、自分の気持ちも感情も、よく分からなくなってしまった」
彼は短く息を吐いてから、私の目をまっすぐに見つめた。
「お話しすべきことはすべて話しました。次にすべきことはお分かりでしょう、この大罪人の処刑です」
心臓が止まったような感覚がした。確かに、女王を殺した犯人であるのならば、それは即刻処刑するに値する。しかし、彼は私が会いたくて仕方がなかった実の親で、国の平和の維持に命さえかけてくれる妖で、それに……
 自分の頭が信用できなくなって、結果は分かりきっているのに、局長会議を開いた。全員の意見はぶつかり合うこともなく、満場一致で処刑以外ありえないという意見でまとまった。それでも私は、
「今までの功績も鑑みて、命だけは救ってあげられないだろうか」
「ネム様。これが赤の他人だったらの場合でお考え下さい。身内だからと情けをかけてはいけません」
結局、私が感情を整理できるまで保留ということになった。みんなに迷惑をかけていることは分かっている。一国の王として、これがよくない考えであることも分かっている。それでも、やっと会えた父に、またすぐに会えなくなってしまうなんて耐えられない。ああ、母なら同じような状況に置かれたとき、どうしたのだろう。私は王としても、一人の妖としても、あまりにも未熟すぎる。
 どうにかして道を見つけたくて、また父のもとへ足を運んだ。なんでもいい、彼の罰を少しでも減らせる情報が欲しい。扉をノックして入ると、来ることが分かっていたかのように、父は立ち上がってこちらを見つめていた。この優しい慈愛の目が、偽物だとでもいうのだろうか。
「父上。このままではあなたは処刑されてしまう。何か、何か情状酌量できるような事情はないのですか」
必死にそう訴えかけるが、彼の瞳は悲しみを映した後に伏せられた。
「甘さはいつか身を滅ぼす。いいでしょう、あなたが処刑を渋るというのなら、私は私の思うとおりにします」
彼は私の前に歩み寄り、じっと目を見つめた。すべてを終えたような雰囲気を纏った彼の目には、どれだけ間抜けな私の顔が映っていただろう。
「これが最後。あなたの魔力を借りるのはこれで最後です」
気づいて引き留めようと思った時には、もう遅かった。彼は目の前の空間から消え去り、後に残ったのはかすかな残響だけ。
 数十秒後にはハッとして、急いで連のもとへ向かった。彼女なら父の居場所も探れるはずだ。彼が救いを求めていないことは分かった。でも、それ以外に聞きたいことはたくさんある。まだ諦めてはいけない。

 父を見つけたのは無法地帯の中で、どうやら彼はここで誰かに殺されるのを待っているらしかった。しつこいと言われようが構わない。私はただ、彼にまだ生きていてほしい。
「父上、お願いです。私はあなたに生きていてほしい、それだけなんです!」
「はぁ。大罪人を救うために追いかける王なんて、コメディ映画でもいないでしょう」
呆れたように首を振った彼は、どこからともなく薙刀を取り出した。危険を感じてか隣に立つ連が構えるが、その刃が向けられた先は、ほかの誰でもない父自身の胸だった。
「こんなロクでもない妖と話したところで、脳みそが歪むだけ。ここでお別れしましょう」
不意に視界が暗くなる。何が起こったのかを理解する前に、声と音が空気を揺らした。
「おやすみ、ネム」
連が私の視界を覆ったのだと気づき、無理やりそれを取り払うと、すでに事は終わっていた。地面に倒れている父の胸には、しっかりと刃が突き刺さっており、最期を彩るかのような赤色が広がっていく。
 どこで間違えたのだろう。
 どうしてこうなったのだろう。
 なぜ私は妖一人救えないのだろう。
 震える手は動かなくなった彼の手に重ねられ、震える口は小さく彼の名を紡ぐ。滲む視界が世界を歪ませていく……。それから自室に戻るまでの記憶は、私の頭には欠片も残っていなかった。

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